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駅へ急ぐ道中、舗道を歩いていました。
ガソリンスタンド前に来たとき、出てくる車がノロノロと動きを止めません。

こちらが歩く速度を考えながら車を進ませているようです。
横断歩道などでもきちんと停止しない運転者は良くいます。

しかし、このときはカチンときました。
こちらの歩みが緩んだり、つまずいて転びでもすればそのまま轢いてしまうではないか。

車をやり過ごしたあとに、急激に怒りがこみあげました。
少しビールを飲んでいて気分が高揚していたためかもしれません。
その怒りは、ものすごく刹那的(せつなてき=急激)な感覚です。

思わず車のドアを開けて、運転者を思い切り殴ってやれば良かったという気持ちが沸き上がります。
もちろん想像です。 人を殴った経験はありません。
第一理不尽だし、大人げないし、暴行行為だし、逆にやられるかもしれない。
びっくりした相手がアクセルを踏み込んで大変な事故になるかもしれない。

そうは思っても、まだ怒りは収まりません。
運転席のドアを思い切り開けて、足で蹴って、外(壊)してしまえば良かったなどとまで思います。

この沸き上がる怒りは、少し立てば消えることはわかっています。
過去にも同様の思いを感じたことがあるからです。
こういう怒りは、誰にでも一度はあると思います。

でも、この怒りはなんなんでしょう。
たぶん自分には強者に対するトラウマがあるのだろうな。 などと分析してみます。
強者ほど、まわりには優しくしなければならないという観念が非常に強いんです。

単なる正義感ですが。
ですが、それに反する行為に出会うと、急激に反応します。

ちょうど、コーラの瓶を開けてしばらく置いた後、おちついている状態で、揺り動かしたときに泡がシュワーっと湧いてくる。
それがちょうどトラウマによる怒りが表れた感じだと思っています
潜在する何かがある。

今、冷静になったからこれを書くことができます。

そして思いました。
長く生きて来たもの(者)は、怒りを抑えられるという心の調教ができたのだということを。

つまり、マインドコントロール(心の調教)が出来る者なのだと。

怒りに走り、それを態度に現したものは、長老の域に達する前に、自滅してしまうでしょう。
だから、長寿者は単なる運の良い者、健康な資質を持つ者だけではないと思います。

自分自信の愚かな行いを制御できる能力を持っている心の達人です。

長寿者の意見はそういう意味で、争いを避ける至言(しげん)を含んでいると思います。

もっとも、それがわかるのは、冷静な心を持った者だけでしょう。


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